我が家では、子どもの頃から落花生を投げて鬼を払っていた。
幼稚園や学校では大豆を投げたし、給食には大豆が出たから、うちのそれは面倒くさがりの母親の知恵だと思っていて、
なるほど、大豆は撒いたら小さいので拾いにくいうえ、小さな隙間に落ちたらそのまま放置され、それはいつかカビたり虫が湧いたりする。
一方、殻付き落花生はそもそもサイズが大きいので拾いやすく、小さな隙間にハマって未来永劫そこに居続けるというリスクがとても小さい。
何より素晴らしいのは、落花生の殻だ。大豆はすっぱだかなので、床に落ちた豆を拾って、それを食べるというのは衛生的にどうだろうというのがある。
土足で暮らす文化ではなくても、家族の半分は足が臭い。
いやだよねえ。足臭い原因は雑菌ですよ。
ほら、落花生は殻がついているので、口に入る豆の部分は守られてる。衛生的だ。
子どもながら、それはそれは合理的だと思っていたので何の文句も、疑問も、呈したことはなかった。
もう一度、これは母の知恵だと思っていた。
これが母の知恵ではなく、生まれ育った地域の問題だということを知ったのは、それから10何年後のことだ。
我が家は首都圏にあるので、大豆の地域だが、
両親とも出身は落花生の地域だったのだ。
だから、母の「合理的」なアイディアに茶々入れる父親も何も気にしていなかったのである。
なるほどなるほどと思った。
私は子どもに落花生版で節分の伝統を伝えるつもりである。
歳の数だけ食べる豆の数は、気分によってだいたいニコイチの殻付きのアレで1としても良いし、少なく食べたい時は中身の粒で1としても良い、というこの伝統を。